桂春団治

2016年12月20日
1 : THE FURYφ ★@\(^o^)/[sageteoff] :2016/12/20(火) 16:25:42.35 ID:CAP_USER9.net
漫画家の手塚治虫(1928〜89年)が、大正から戦後にかけ活躍した落語家の二代目桂春団治(1894〜1953年)の依頼で描いた肉筆画9枚(各縦14センチ、横20センチ)が見つかった。学生時代の手塚が、春団治の興行ポスター用に落語や芝居の場面を描いた墨絵。竹内オサム同志社大教授(マンガ史)は「珍しいタッチ。子ども向けと大人向けの両方を使い分け、模索していた時期の画風が見て取れる」と指摘する。

肉筆画は、二代目春団治の実子で今年1月に亡くなった三代目春団治さんの遺品から見つかった。ポスター制作後に改めて描いたもので、春団治の似顔絵以外の9カット。戦後間もない45〜46年、春団治が地方興行で演じていた芝居「明烏(あけがらす)夢の泡雪」の場面などが描かれている。


手塚は自伝「ぼくはマンガ家」の中で「大阪落語の重鎮」二代目春団治のポスターを描いたこと、春団治に声をほめられ、落語家の道に誘われたことをきっかけに、こっそり落語の練習をしたことなどを記している。

描いたのは手塚が46年1月、現在の毎日小学生新聞の連載でデビューする前後とみられる。春団治の妻、河本寿栄(かわもと・ひさえ)さん(90)によると、手塚とは大阪市内の写真館の紹介で知り合い、謝礼を支払った際、手塚は「絵を描いてお金を頂くのは、これが初めてです」と話したという。手塚プロダクションの松谷孝征社長は「すばらしい原稿が出てきた。春団治師匠がずっと大事にしてくださっていたのはありがたい」と話している。肉筆画は来年4月22、23日の「いけだ春団治まつり」(大阪府池田市民文化会館)などで公開される。

http://mainichi.jp/articles/20161219/k00/00e/040/218000c

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